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Doctor’s voice #3 / 三山健先生(済生会横浜市南部病院)

Doctor’s voice #3

前立腺肥大症治療の専門医のメッセージをご紹介します。

 

済生会横浜市南部病院(神奈川県横浜市)
泌尿器科 医長
三山 健先生

 

『そうだ!泌尿器科へ行こう』

 

ある日、突然何の前触れもなく当たり前にできるはずだったことができなくなってしまう、当たり前に生活の中にあったものが突然失われてしまう、このような経験は皆さんにはありますでしょうか?

 

当たり前なのだから誰も気に留めることはないでしょう。そのことに関して改めて考える事もありません。日々トイレに行きたくなったらおしっこをする誰にとっても当たり前の日常です。性別も体の大きさも関係なく、飲んだら出る、ただそれだけです。自分で自覚できる排尿機能なんてそんなものです。しかし、実はすごく複雑な造りで、人間がバランスを保つためにはなくてはならない重要な機能なのです。

 

しかし、どういう訳だかおしっこの通り道は鈍感で自分の不調をなかなか我々に伝えてくれません。そのため症状が自分で感じ取れるようになるまで静かに不調の種は皆さんの中に蓄積していきます。

 

そしてその日は突然訪れます。

『あれ?おしっこがしたいのに出ない!!!苦しい!!!』

 

考えてみてください。ある日突然、歯ブラシと歯磨き粉が世の中から消滅して歯磨きが二度とできなくなってしまった日のことを。考えてみただけで恐ろしいです。一つの例えにすぎませんが、『当たり前』が取り上げられた時、人間の感じるストレスは大変なものです。排尿ができなくなる、不調になるということはこのような事象と同じであると私は解釈しています。何てことない事だとしても、当たり前な事ほど出来なくなるとこんなにも不快なことはありません。他人からみたら小さな事に思える事でもご自身からしたら大事件です。

 

排尿機能は生活習慣病、心疾患、脳血管疾患など他の病気とも密接な関係がある場合があるのですが、今回は男性の前立腺肥大症による症状、治療について少しだけお話させていただきます。

 

一般的に前立腺肥大症の方は55歳以上の男性5人に1人程度と推測されます。現在、本邦における55歳以上の男性人口は約2100万人程度なので420万人もの方が前立腺肥大症をお持ちであるということです。加えて高齢化が進む昨今は1年に50万人近くの方が新たに前立腺肥大症として診断されており年々増加傾向です。

 

前立腺肥大症の症状としては夜間頻回におしっこに行ってしまう(夜間頻尿)、おしっこに勢いがない(尿勢低下)、おしっこをしたのに残っている気がする(残尿感)これらは前立腺肥大症の特徴です。

 

日常診療をしている中でご本人から訴えのない場合にも良く話を聞いてみると実は該当する症状があったが『年のせいだと思って気にしていなかった。ほっといた!』という方がかなり多くいると感じています。統計で出ている数字よりもまだまだ多くの患者さんがいる可能性が高いと思います

 

治療としては前立腺肥大症と診断され、症状が気になる方には内服治療から始めるのが適切です。1種類で症状が改善する人もいれば3種類以上の薬を組み合わせて飲んでも一向に良くならないなど経過は様々です。

時代の流れとともに使用できる薬の数、組み合わせはどんどん増えてきていますのでそれに伴い、何とか薬のみで治療を完璧に行おうとすると内服の数が増え、患者さんは飲むのがつらいという困った状況に陥ることがあります。中にはこの時点で薬を飲んでいるのに自分でほとんどおしっこが出せなくなってしまったという方も出てきます。

 

そうなってしまった場合、次は手術を検討します。薬でだめなら狭くなった尿の通り道である前立腺を物理的に広げて通りを改善しようということです。手術を受ける人は全国で年間約2万5千人程度といわれています。

 

手術は内服と比べて体にかかる負担は大きくはなります。その代わり、無事に乗り越えた場合、大きな成果が得られる可能性があります。前立腺肥大症の手術方法は様々なものがありますが、どれも高い治療効果を誇るものばかりです。しかし一般的に手術を受けるにあたってリスクが高くなる条件があるのも事実です。例えば、血液が固まりにくい薬の内服を中止することが難しい方や最初から全身の状態があまり良くないなどですが、それらの条件下でも技術と機材の進歩により安全に手術を行えるようになってきています。中でも当院で採用しているレーザー前立腺蒸散術(CVP)は従来の手術で不得意であった面を克服しつつあり、安全性が非常に高いためこれから大いに普及が期待できる手術方法です。

 

とは言ってもできれば手術なんて受けたくない。そう考える事は自然です。

 

そもそも症状が出なければ何もしなくていいじゃないか、という考え方もあると思いますが、人生100年時代と言われる今、それではもう遅いのです。なぜならみなさん、つらい症状が出るその頃には身体の様々な場所に不調が出始めていることが予想されるからです。そのため命に直接関わらないこのような病気は仕方ないと医療者もご本人も諦めてしまうことが少なからずあるのです。しかし、先にも記載した通り、当たり前を諦めるという事は不快をずっと抱えながら生きてゆくことに他なりません。

できる事なら何も諦めることなく皆さん元気で快適な生活を送ってほしい。それは全ての医療者の願いです。

そのためには何歳からでも自分の体に目を向けてみてほしいと思います。まだ症状はなくてもどこか不調な場所があるかもしれない。異変をいち早く見つけてあげましょう。

そんな風に考えて何歳からでも『自分のからだメンテナンス』を始めることが大切なのではないでしょうか。

 

自分の今の状態を知ることが早くて正確なほど良く、病気が見つかっても治療開始までの期間は短いほど良いと思います。

 

そうだ!泌尿器科へ行こう。

 

そんな事を考える人は今の日本にはまだほとんどいないと思います。ただ、10年後はわかりません。これから皆さんにほんの少しでもそんな風に思ってもらえるように、明日からも歩み続けようと思います。

 

 

済生会横浜市南部病院

泌尿器科 医長

三山 健先生

2023.9.